小説 《都下恋物語》  -横田ベース④-

窓際でテーブル席を整えていた西山竜也は、助手席のドアを開けようとしている小松川をガラス越し見て、席の準備もそこそこに店の外に出た。小松川に声を掛けようと歩み寄ろうとした西山は、助手席から若い女が姿を現したので、タイミングを逃して店の入口で立ち止まった。ドアを閉めて車から下り立った女の肩を並べるように立った小松川に、車に近づいて西山は、「二年ぶりだな」と挨拶代わりに言い、女の方を見てから「俺のことを、忘れてられてしまったかと思ったよ」と、にやにやしながら言った。小松川は「そんなことは、ないですよ」と言い訳するように答えて、薄笑いをひっこめない西山に「勘ぐらないでください。こちらに来れなかったのは、仕事が忙しかっただけですから、・・・・・・」と真面目な顔になって応えた。
完全には顔から笑いの消えていない店主に、「この店のマスターで、高校の時の二年先輩の西山竜也さんです」と舞子を紹介した。紹介された舞子は(ずいぶんヤンキーな先輩が、小松川さんにいるんだ)と思いながら、目の前のマスターに名前と学生身分であることを言い挨拶をした。じろりと舞子を見て西山は、「ずいぶん、大人っぽい学生だな」と云った。
アメリカの片田舎を彷彿させるような店構えの店内に、小松川の後ろについて入った舞子は、奥にあるカウンターの中程に立っていた女性に「いらっしゃいませ」と挨拶された。十五坪ほどの広さの店の、十席ほどのあるカウンター席の左端に小松川が座り隣に舞子が座った。カウンター内の中ほどに立った竜也が、傍らの女性を「妻の、理沙です」と、舞子に紹介した。三十一、二と思われるマスターの奥さん向かって、舞子は緊張気味に「軽部・・・」と名前を言い軽くお辞儀をして、「小平にある美術大学に通っています。短期学部なので、ことし卒業です」とこたえた。妻が(よろしくね)というような顔をしていると、西山竜也が、「短大を卒業ならば、年は二十だな?」と無遠慮に年齢を訊いて来た。小松川はカウンターの左端から、西山より二つ上の理沙が顔をしかめているのを見た。舞子もたじろぐこともなく、「高校から浪人しないで入ったので・・・。今年の六月で二十一になります」と話した。マスターが「二十か、それにしても大人っぽいな」とつぶやいた。理沙が小声で竜也に「女性に、興味半分で年齢を聞くのは、・・・」と戒めるよう言った。
妻の言葉に首をすくめるような動作をして応えた西山は、窓際のテーブル席を整えが途中であることに気づいた妻がカウンター内からから外に出ると、左端に寄って小松川に話しかけた。舞子が隣の席に座っているのにも関わらず西山は、「宏、こんな若い子と付き合っているから、前よりも若くなったじゃないのか」と冷やかすように言った。小松川は、隣の舞子を申し訳なさそうな顔で見てから、西山に「違います。違います。そんなんじゃありません。竜也さんは、すぐに早合点するから・・・。去年に軽部さんの通っている大学の図書館に連れて行ってもらったお返しに、行って見たい一番の場所が横田基地と聞いて、仕事の休みを利用してこちらに来たので、お連れしただけですから・・・・・・」と困り顔で答えた。
アメリカンな性格の西山は「宏、弁解はするな。わかっている。わかっている」とにやにやしながら、オーダーを訊いて来た。小松川は弱り顔でメニューを見て、ハム入りのスパゲティとコーヒーセットをたのみ、舞子はうつきながら同じセットをたのんだがスパゲティの中身を小エビにしてもらった。オーダーを聞いてマスターがカウンターの中ほどに戻っていくと、舞子は左を向いて「米軍基地の側なのに、メニューがイタリアンなので、面白いですね」と小さな声で云うと、小松川は「マスターが『お客さんは多くはアメリカ人ではなく、都内から電車や車で来店する人が占めている』と話していたよ」と小声で応えた。マスターのお話を小松川から聞いて、舞子は(アメリカ人は、基地の側だからと云って、周辺の店では食事をしないのであろう)と思った

小説 《都下恋物語》  -横田ベース③-

合流して数分すると助手席に舞子の座るイエローのマスタングは、拝島駅を見下ろせる跨線橋に差し掛かった。小松川が、「この橋を渡って沿道の家々が途切れると、そこが横田基地だよ」と教えてくれた。舞子は胸は高鳴り、ますます落ち着きがなくなった。小松川の運転するマスタングが、跨ぐように橋を渡り途中で民家がなくなる場所に来ると、助手席に座る舞子の目の前に、広々とした滑走路が現れた。
小松川は、第五ゲートと表示のある信号機を過ぎると横田基地に見入っている舞子に、「道路の左手に、もうじき理髪店の看板が見えてきます。その店は、僕の高校時代の同級生が営んでいる店です」と教えた。舞子は右側に広がる基地から視線を移して、道路の左側に目線を向けた。小松川は理髪店の前を通過する時に、ハンドルから左手を離して「この店」と言うように人差し指で示した。指で示された店を目にして、店先のクルクルと回る看板灯が動いてなかったので、舞子は(午後からの営業かな)と思った。理髪店の前を過ぎると、小松川は「理髪店は木曜休みなので、今日は・・・」と言い、「同級生は、店の名を 〈ベース・サイド〉と付けたのですが、どうしてその名にしたか分ります?」と問いかけて来た。舞子は少し間をおいてから「基地のことを英語でベースと云いますから、基地の側らに在るから、ベース・サイドとつけたられたのでは・・・・・・」と答えた。小松川は前を向きながら「正解」と応えて、横を向いて舞子の顔を見た。嬉しそうにしている舞子から視線を前に戻して小松川は、「同級生は、学生の頃から『俺の夢は、基地の見える場所で、床屋を開くこと』と語っていたので、『横田基地の側で、理髪店を開いた』と知らせがあった時には、自分のことのように嬉しくて、思わずガッツ・ポーズしてしまった」と話した。舞子は、正面を向いてハンドルを握る小松川の表情はよく見えなかったが、(誇らしげな顔をしているだろう)と思った。
助手席に舞子が座る黄色のマスタングは、第五ゲートから一五○○メートルほど走り、第二ゲートと表示のある信号を左に折れて五十メートルほど奥に入った、その通り沿いの喫茶店の前に来ていた。小松川はマスタングを、ウエスト・マウンテン名の看板を掲げた喫茶の店先にある三台の駐車スペースの右端に、前向きに停めた。マスタングの運転席か出ると小松川は、車の前を横切って助手席のドアを開けた。舞子が照れくさそうな顔をして外に出ると、右のドアを閉めようとした際に、いつのまにか店の入口に立っていた店主の西山に気づいて、小松川も照れくさそうな顔をした。

小説 《都下恋物語》  -横田ベース②-

小松川の運転する黄色のアメリカ車は、駅前から二百メートルほど走りると、傾斜のある下り坂に差しかかった。アメリカ車が坂を下り始めると、助手席の舞子はシートベルトのおかげで前のめりもなく、フロント・ガラス越しに前方を見ていた。車が下って平地を走り出すと、舞子は(国分寺駅は、小高い丘の上に造られた駅である)とわかった。
イエローのアメリカ車は平らな都道路をしばらく走ると、東村山から川崎まで続く府中街道との交差点に差し掛かり、その交差点を国立駅のある方に直進せずに左折して府中方面に向かった。助手席で舞子は緊張気味に座っていると、小松川が前方を向きながら「右手の方に、工場らしき建物が見えませんか?」と訊いて来た。舞子はドアのウィンドー越しに右の方を見てから、「はい、同じような建物が幾つも見えました。建物の一つに〈東芝電気府中工場〉と書かれた看板もありました」と答えた。ハンドルを握りながら小松川が「この辺りを、なんと云う町名か知っていますか?」と訊かれたので、この辺りに一度も来たこともない舞子は、直ぐに「いぇ、わかりません」と答えた。小松川は助手席の方をちらっと見てから「東芝町と云っています。この町名を知った時に僕は、どこかに引っ掛りがありましたね。しかし、ご覧になって分るように、一つの地区が工場群によって占拠されているよう見える光景を目にしたら、社名が町名になっていることを、すんなりと受け入れていました」と笑みを漂わせて応えた。運転席の方を向いて聞いていた舞子も、小松川の口端に笑みが漂うと、つられて笑っていた。微笑んでいるのを横目で見て、小松川は(町名を当てる門答で、舞子さんの緊張が解れたな)と思った。舞子は前方に顔を向けると、右目でドア・ミラーを見て、過ぎ行く東芝の工場群を見やった。小松川の運転する黄色の車は、東芝町を過ぎてまもなくすると甲州街道との交差点に来た。その交差点を右に折れて車を走らせると、しばらくすると中央自動車道の国立府中インターチェンジの方に向かう標識が見えてきたのだが、小松川はその方向には行かずに直進した。十分ほどして日野橋と表示のある交差点が見えてきたので、小松川は交差点に差し掛かると日野橋方面に左折しないで直進した。小松川は、この交差点が出発点となる新奥多摩街道に車を進めた。多摩川に沿うように続く新奥多摩街道を十分ほど走ると、小松川が運転する側のドア・ガラスに大きな橋が見えて来た。この街道に入ってからガラス越しに左右を見たりして落ち着きがなかった舞子が、「左手に、大きな橋が見えます」と声を上げて言った。運転席の小松川が正面を向きながら「あれは、多摩大橋です」と答えて、「もうじき、横田基地の横を通る国道十六号線に合流しますよ」と答えた。しばらくすると、黄色の車が走る新奥多摩街道が十六号線に連結するように合流した。

小説 《都下恋物語》  -横田ベース①-

翌年の一月の第三木曜日。舞子が待ち望んでいた横田基地へのドライブの日。昨年に舞子が決めたクリスマス当日のドライブは、十二月の初めに小松川の左手のギブスが取れるはずであったが年の暮れにのび、包帯が取れたのは新しい年を迎えてのことで、年の瀬のドライブは白紙になった。正月から二週間ほどして、小松川は診てくれた医師から「完治」と言い渡され、今日のドライブになったのでした。
午前十時に国分寺駅南口の正面で待ち合わせをしている舞子は、昨夜は興奮して眠れなくて(肌が、荒れている)と思いながら、化粧をして身支度を終えると、余裕を持ってアパートを出た。駅前に続く坂道を上がり、駅と併設の丸井のデパートの見上げるように過ぎ、南口の改札が見える場所に来くると舞子は、小松川の車が止まっていないか確かめるように、駅前のロータリーをぐるりと見回した。ロータリーには、客を待つ数台のタクシーと黄色のスポーツカーが見えた。舞子は、(小松川さんは、まだ来ていないな)と思いながら、ロータリー全体が見回せる南口の改札口ちかくに立った。
午前十時が開店の大型書店のシャッターが上がると、書店の前に停まっていた黄色のスポーツカーがゆっくりと動き出して、舞子の立っている改札口から見える場所に停まった。スポーツカーの左のウィンドーが開いて小松川が顔をのぞかせると、舞子は店長であることが判って「あっ!」と声を上げると、黄色いスポーツカーの方に向かって歩み寄って行った。黄色の車の傍らに立った舞子は、運転席から降り立った小松川に、「凄い車、お持ちですね」と弾む声で言ってから「おはようございます」と朝の挨拶をした。小松川は、「・・・、お持ちですね」には無言で、「おはよう」と挨拶を返した。ロータリーと駅前の歩道との段差のある所で、フロントに<馬の駆けるエンブレム>のついたイエローのアメリカ車に見入っている舞子に、車の後方をまわって右側のドアを開いて「どうぞ」と言う仕草をした。舞子は車の前方をまわって助手席に座ると、ドアを閉めた小松川は、車の前を横切って左のドアを開けて運転席に座った。舞子はウィンドー越しに前を横切る小松川を目にしながら、(店長さんは、裕福な家の坊ちゃんなのだ)と思った。
運転席に座りシートベルトを締めた小松川が、舞子がベルトを締めていないのに気づいて、「シートベルトを、・・・」と促した。舞子が慣れないベルトにまごついていると、小松川は自らシートベルトに手をやり見本を見せてくれた。小松川の手順に合わせて行うと、ベルトは舞子の体にピタリとはまった。舞子が装着したのを確認すると、小松川はエンジンを始動させて、ミラーで後方を確認すると黄色のスポーツカーを発車させた。イエローのスポーツカーは、駅前のロータリーをぐるりとまわると、府中街道の方に向かって走り出した。

小説 《都下恋物語》  -ジェイアール中央線④-

現役の美大生から【希望の星】と讃えられ、嬉しさで気持ちが舞い上がってしまった小松川は、左手にギブスをはめていることも忘れて、「図書館へお連れいただいたお礼に、ドライブでも・・・・・・?」と舞子を誘った。店長から突然のお誘いに、舞子は身構えることはなかったが、包帯の巻かれた左手を見て(あの手でハンドルが握れるのかしら)と思いながら、「ドライブに、・・・ですか」と応えた。左手に視線を感じた小松川は「看護士さんは、『来月の初めには、ヒビの入った骨のところがくっついて、ギブスが取れますよ』と話してくれました」と語り、「十二月の中頃には包帯が取れると思うので、車の運転もできるようになります。今年の暮れあたりのドライブは、いかがですか?」と訊いてきた。
舞子は(師走のドライブもいいかな)と思いながら、「以前から行って見たい場所があるんです。そこの所に行けるのでしたら、ドライブは・・・・・・」と応えた。小松川が興味深げに「その場所は、・・・?」と訊ねてきたので、舞子は「日本のアメリカです」と答えた。困惑している店長に、「福生にある米軍の横田基地のことです」と舞子は微笑みながら答えた。小松川は横田基地と知って、「福生周辺には、僕の知り合いも多いし、庭みたいなものです」とニンマリして、店内の中ほどに立つ舞子に話した。行って見たいところを庭みたいなものと教えられた舞子は、ほっとする気持ちになり、「横田基地でしたら、年の瀬でもいいですよ」と応えた。店長が頷くと、舞子の方からドライブの日時を決めていた。
今日は買わずに手ぶらの舞子は、胸の内に(横田基地へのドライブ)の大きな楽しみを抱えて、店の外に出た。赤いバイクに視線を送ってから、舞子は軽い足取りで交差点の方に向かって歩き出した。歩きながら舞子は(小松川さんには、彼女がいない)と思った。