連作超短編小説 なつかし屋     <やればできる>

ぱたりと姿を見せなくなった美野里町の竹原さんは、今日に久しぶりにお見えになった。店主の車谷徹が来店の挨拶をしてから、「半年ぶりですが、お変わりありませんか」と訊ねると、竹原さんは伏せ目がちに黙って軽く頭を下げて、入口から向かって右の壁に沿うように横一列に並ぶ一九八◯年代のカタログ入りのボックスに寄って行った。レジのある机に向かいながら車谷は、ボックスから抜いたカタログを中身をパラパラペと見ては戻している竹原さんの様子を眺めながら、(苦手な実技に合格して、運転免許証を取得されただろうか)と思った。
レジ机の上に三十センチほどの高さに積み重ねた自動車誌を一冊づつ手にして傷みや破れがないかを調べながら車谷は、半年前の竹原さんとのやり取りを思い出していた。妙にふさぎ込みがちだった竹原さんに、「何か、ご心配ごとが・・・」と遠慮気味に訊ねると、店主に小さな声で「数か月前から、運転免許を取得するために、自動車学校に通っているのですが・・・。どうしても、実技が通らないので・・・」と悔しそうに答えて、「私は小学生の頃から運動が大の苦手で、中学、高校の体育授業の実技テストの時は、ずる休みをしていました。どうしてか、試験などになると体が思うように動かなくなってしまうのです。今年に四十になるのを機に一発奮起して、運転免許の取得に挑戦しているのですが・・・。学科は合格しているのに実技が不合格で・・・」と、情けない顔で語られた。運動が大の苦手と告白された竹原さんに車谷は、「うちのお客さんで、ある企業にお勤めになっている三十代後半の方が来られているのですが、その人は、幼少の頃に交通事故で右足が動かなくなり・・・。それでもサッカーの選手になりたいとの夢を持っていたのですが・・・。ある時に、選手になれないのなら選手を育てる側の人間に・・・。それで、大学院まで進みスポーツ学を極めて・・・。今は、選手経験がないのにある企業のサッカー・チームで、コーチをされている人が来られています。語っている表情は、自信に満ちていました。その方のモットーは、『やればできる』とのことでした」と机越しに話した。黙って聞いていた竹原さんは店主に、「自分にも、やれば出来きますね」と自らに言い聞かせるように云われた。車谷が後押しするように、「お気持ちを“やればできる”と強く持てば、きっと実技試験に合格します」とこたえた。
竹原さんが探し当てた数部の八◯年代の乗用車のカタログをレジ机にお持ちになった。店主は立ち上がり、お支払いを終えたカタログを袋に入れて手渡した後に遠慮気味に、「免許取得のための実技試験は、どうなりました?」と訊ねると、竹原さんは少し間をおいて、「ザッカー・コーチのお話にも刺激を受け、ご主人さんの励ましもあって・・・。何度も受けたのですが・・・・・・。運転免許は諦めることにしました」と残念そうに話された。店主が(なんとこたえて良いものか)と思いながら椅子に掛けて机越しに見上げると、竹原さんはニッコリとされ、「僕には三人の子供いますが、妻が四人目を妊娠しました」と告げられた。喜びの表情の竹原さんを目の前にして車谷は、コーチのモットーを頭に浮かべながら複雑な気持ちで、「なによりも、おめでたいことです」とお祝いの言葉を贈ったのです。

連作超短編小説 なつかし屋     <効を奏する>

入口のドアが開いて、三十代半ばと思われる背丈があるが小太りの男性が、頭を少し屈めるようにして店の中に入って来た。店主の車谷徹が、「いらっしゃいませ」と挨拶すると、男性はぺこんとおじぎをして、すっーと入口から向かって左に寄って壁一面に占める本棚に中ほどに歩み寄り、棚を見回すように首を左右に動かした。
レジのある机に向かってカタログに傷みや折れがないかチェックしていた店主は、本を手にするでもなく棚を上段から下段へと視線で追っている男性を目にして、「お探しの物がありましたら、お探ししますよ」と声を掛けると、車谷の声にとっさに応じて、「ミゼット物を」と短く云われた。お探しの車名を知った車谷は、レジのある机の側を通路を一歩挟んだ本棚の中段から五、六冊ほど自動車誌を抜き、目次でご希望の車種が載っているのを確かめると、その中の雑誌より三冊ほどを手にして棚の中程に寄り、「ご希望の車の記事が載っている号ですが・・・。どのページにミゼットの記事が載っているか、目次からすぐにわかりますよ」と男性の元に置いて、奥のレジのある机に戻った。
長身の男性は、少し身体を屈めるようにして三冊の自動車誌より一冊を手にすると、目次からをページを開いて、どこかなと云う表情をされて手元に置いた。二冊目を手にして同じようにしたが、どこにと云う顔をされて置いた。そして最後の誌も同様に見てから、困惑をむ露にした。机に向かって様子を見ていた車谷は、「お気に召しませんでしたか?」と訊ねると、少し屈めていた体を伸ばして「僕の探しているのは、イギリスのMGミゼットの記事なのですが・・・」と失望を露にして答えた。車谷は、「えぇっ」と思わず声を出してから、「てっきり、ダイハツのミゼットと思って・・・」と早合点に気づいた。すぐに机から離れて店主は、先ほど棚の上段から自動車誌を抜いては、さっきと同じ要領で中身を確認して、これと思うものを数冊選んで男性の元に置いた。長身を屈めるようにして手にして誌の中身を確認した男性は、思わず「この車です」と声を上げた。喜んでいる様子を見ながら車谷は、「メーカー名も、聞くべきでした」と省みると、机の方に向いた男性は口元から笑みを消して、「僕の方が悪いのです。言葉足らずで・・・」とあやまり自らの短所を口にされた。
MGミゼットの試乗記が載っている誌をお買い上げになった男性が帰り際に、「実は、三か月前に見合いをしました」と口にされて、車谷が「どうなりましたか?」と訊ねると、「二人きりになった席で、お互いに緊張して無口でいたのですが、相手の二十代の女性が突然に、『スポーツは、されていますか?』と訊いて、『バレーを、学生時代に』と咄嗟に答えると、見合い相手が『あのタイツをはいて・・・』と少し恥ずかしそうに云われた。僕は(踊る方に、とられたな)と思いながら、『バレーと云っても、バレー・ボールのことです』と言い足すと、相手がかん違いしたことを恥ずかしがったのですが・・・。でもそのことで、一挙に場が和らいで・・・・・・。おかげで、秋には挙式のはこびになりました」と嬉しそうに語られた。男性につられて笑みで顔をくずしながら聞いていた車谷は、机越しに本棚の中ほどに立つ男性に、しゃきっとした顔になって、「おめでとうございます」と祝いの言葉をのべて、再び表情をくずして、「短所が、効を奏しましたね」と付け加えた。

連作超短編小説 なつかし屋     <ブラックディ>

つくばリンリンロードの脇に生えている木々のあちらこちらから鳴いているセミの声が、夏の盛りに比べて遠慮気味に聞こえる八月の下旬、埼玉の上尾市からお見えになる二十代半ばの向山さんが、二ヶ月ぶりに来店された。店主の車谷徹が、「いらっしゃいませ」と挨拶すると、二十年ほど前のマニュアルの軽自動車を運転されて来られた向山さんは、「エアコンが効かないので、夏はあまり遠くには出かけないのですが、今日は涼しかったので、ドライブがてらに来てみました」と笑顔で話された。先ほど、ショーウィンドー越しに見かけたホンダのアクティを目に浮かべながら店主は、「お車が、喜んでいますよ」とこたえた。
入口から向かって右側の壁に面して横一列に並ぶボックスの前に立った向山さんは、一九九○年代の国産乗用車カタログを手にしてページを開いては戻していたが、半時ほどしてお目当てのカタログを見つけると、細長いテーブルを挟んで反対側の左の壁一面に設けた本棚の方に移り、棚に収まった雑誌類を上段から下段にかけてゆっくりと見ていた。レジの机上で店頭に出すためのミニカーの値付けしながら時々に顔を上げていた車谷は、値付けを終えて顔を上げると、棚の前の自動車誌を手に取るのでもなく眺めていた向山さんを目にしたので、「最近、ドラマティックなことが,ありましたか?」と机越しに声を掛けた。 
奥の方にゆっくりと顔を向けた向山さんは、「ドラマティックなことですか」と応じてから、天井を見上げるようにしてから、「一か月半ほど前になりますが、何時もは一人で乗っているアクティを、友人三人に頼まれて送迎のために、往復一五◯キロほどを走ったのです。友人たちに運転テクニックを見せびらかすように、ひんぱんにシフト操作を・・・。しかし、帰路にクラッチを踏んでもスムーズにシフト・チェンジが・・・。その日は何とか友人たちを家まで送り届けることが出来たのですが・・・。翌日に車を動かそうとしてクラッチを踏んだのですが、ペダルはぺたんと底についたままになって・・・。(もしかして)と思いボンネットを開けてみると、目盛りのついた円筒状のケースの中のクラッチオイルが・・・。行きつけのショップに頼んでみてもらったら、店長さんが、『クラッチを作動するポンプのオイルシールが破損して、クラッチオイルが流出して・・・』とポンプの故障の説明を受けて・・・。友人たちにさほど上手でない運転技術を見せようと“いいかっこう”をした結果、必要以上に多用して、クラッチを・・・」と省みるように語った。店主が、「お車を、酷使しましたね」とこたえると、向山さんはいっそう悲しそうな顔をされて、「友人たち送りむかえした翌日、アクティの青色のボティが黒色に見えました」と云われた。
数部の軽自動車のカタログをお買い上げになって帰られる向山さんに、車谷は余談ですがと前置きして、「三月の十三日でしたが、食べ合わせが悪かったのか夕食後に、ひどいゲロしてしまい、その吐いた中に血が混ざっていたので・・・。翌日に大病院に行き内視鏡で診ていただいたら、担当医が『おう吐よって、胃の粘膜が傷ついて・・・』と告げられて、それから三週間ほど、内用薬とおかゆで・・・」と、バツが悪そうに話した。すると、向山さんは、「胃腸を、酷使されましたね」と云われ、「そういえば、十三日の翌日は“ホワイトディ”でしたが、ご主人さんにとっては、“ブラックディ”でしたね」と云われた。