連作超短編小説 なつかし屋     <面白い話>


店主の車谷徹がショーウィンド越しに、つくば北署の近くに住む小沢さんが運転する二◯◯二年の国産のステーションワゴンがゆっくりとした速度で、店の前を通過するのが見た。しばらくすると入口のドアが開いて、背広姿の小沢さんが現れた。店主が「いらっしゃいませ」と挨拶をすると、二◯◯年代の車を好む小沢さんは「病院の帰りです」とこたえた。店主の車谷が、「どこか具合が悪いのですか」と訊ねると、小沢さんは「病院には、インフルエンザの注射をするために行ったのです」と答えたので、「お風邪をひいているようには見えませんが・・・?」と尋ねると、「早めの予防です」と答えた。
 小沢さんは、入口から向かって右の壁に面して横一列に並ぶカタログ入りのボックスの中ほどに立って、「二◯◯年の半ばの国産車のカタログは、どの箱に入っていますか?」と訊いてきた。車谷がレジのある机越しに、「カタログ入り箱が八つ並んでいますが、入口に一番近くに置かれたボックスの下段に、二◯◯◯年代が入っています」と答えると、小沢さんは中ほどから入口の方に移って腰の高さの台の下に屈めむと、二◯◯年以前のサイズより一回り小さなカタログに手に伸ばした。二◯冊ほどの自動車誌を机に向かってチェックしていた店主に、座った姿勢から、「三菱の四駆車の、二◯◯六年のカタログがありました」と、少し声高に云われた。車谷が一番端のボックスの方に顔を上げて、「お探しのカタログがあって、良かったですね」とこたえると、立ち上がって小沢さんが、「こんど乗る車は、これに決めようと思っています」と、手にしたカタログを見えるように机の方に向けて云われた。店主は手にしている二◯◯六年の四駆車のカタログを目にしながら、「小沢さんは、二◯◯二年のワゴンにお乗りなってますが、より新しい車に目が向いていますね」と話すと、「この店に連れてきた友人は九◯年代の車が好きですが、僕は二◯◯◯年代の車に興味があります」と臆することなく云われた。
レジの机上に四駆車のカタロクをお持ちなった小沢さんは、圧倒的に旧い車に関する物が多い店内をぐるりと見てから、「新し物好きの僕には無いかもしれませんが、何か面白い話は有りませんか」と云われた。車谷は天井を見上げるようにしてから、「ここに来るお客さんの何人かは、乗り換える度に、どんどん旧い車に移っていくのが分かってきました」と話すと、小沢さんは「そのお話は面白そうですね」と云って前に身を乗り出す様にした。店主は机越しに、「今から十年前ほど前の車に乗っていたお客さんが、三年ほどして車を乗り換えたのですが、今から二十年前の車でした。そのお客さんに、『前に比べると、より旧い車になりましたね』と云うと、『十年ほど前の車が乗れるなら、もう十年も前の車も乗れるなと言う気持ちになって、九四年型の国産のスポーティカーに乗り換えた』と語ってくれました」と話しすと、小沢さんは、「旧車好きの友人には、教えてあげます」とこたえた。
お買い上げになられた四駆車のカタログ入りのシルバーのビニール袋を提げながら小沢さんは、机を挟んで立っている店主に、「今日に予防の注射をしたのは、今年流行りそうな風邪に対して抵抗力をつけるためですが、旧い車に乗ることで抵抗力がなくなって、より旧車に乗られるところが、とても面白かったです」と云われた。

連作超短編小説 なつかし屋     <利根川を境に>

取手市から来られる白山さんとレジのある机を挟んで談笑していた店主の車谷徹は、木製のドアが開いて二人の男性が現れたので、「いらっしゃいませ」と挨拶をすると、二人のうちの小柄で太っている男性が、「東京を抜けて、横浜から来ました」と応えた。車谷が、「渋滞の多い都内を抜けて来られたのですから、お目当てのものが見つかると良いですね」と労うように云うと、もう一人の細身で背丈のある男性の方が、「バスのカタログが、あると嬉しいです」と応じた。二人が入店するや店主との話を切り上げた白山さんは、レジ机と通路を挟んで壁に面して並ぶ一番奥のボックスの前に移り、外国車のカタログを手にしてはパラパラとめくり戻していた。
小柄な男性は、腰の高さほど台の上に置かれた入口から向かって三つめのボックスの前に立ち、背丈のある男性の四つめの台の下段に体を屈めて、カタログに手を伸ばしていた。十五分ほどして、細身の男性の方が中型バスのカタログを見つけて、それから五分ほどして小柄な男性の方がニッサンの乗用車のカタログを探し当てた。台の下で見ていた背丈のある男性は立ち上がり小柄な男性と横に並ぶと、お目当てのものをみつけて安心したのか、少し声高に話を始めた。細身の男性から、「常磐道は、思ったより混まなかったですね」と話すと、小柄な男性が「下りだから、空いていたんだよ。上りは、車が多かった」とこたえた。背丈のある男性が「千葉側の録地から利根川を渡って茨城に入った途端に、急に視野が広がって田園になったのには、驚きましたね」と話すと、太った男性の方が「利根川を渡ったら、景色が一変したことに、言葉も出なかったよ」とこたえた。机に向かって店頭に出すため雑誌をビニールの袋に入れていた車谷は、狭い店内で交わす二人の会話を耳にしながら、(利根川は、県境ばかりではなく景色の境目でもあつたのか)と思った。
横浜から来られた二人の客がお目当てのカタログをお買い求めになり帰られると、利根川と目と鼻の先の場所にお住いの白山さんすっと机の方に寄ってきた。車谷が思わず、「先ほどの二人には、驚きましたね。景色が利根川を境に変わると話していたので・・・」と話すと、白山さんは平然とした顔で、「景色の境って、ありますよ」と前置きして、「僕は学生時代に、中野区の親戚の家に居候しながら八王子にある大学に中央線で通っていたのですが――、電車から窓外を見ていると、杉並区は数多くの住宅を見かけるのに、三鷹市に入ると田畑に囲まれた多く目立ちました。東京で景色の境目であるとしたら、僕はこの辺りが・・・。杉並と三鷹を境に『都内と都下』と分ける人もいます」と、例えを上げて話された。黙って聞いた車谷は「景色の境は、自然の多少が目安になるのかもしれない」と応えた。  
数冊の自動車誌をお買い上げになられた取手で工務店を営んでいる白山さんが、帰る間際にぽっりと、「茨城に店を構えていますが、仕事は千葉の方が多いです」と云われたので、車谷が「どうして・・・?」と訊ねると、小さな声で、「茨城に比べると、千葉の方が手間賃が高いからです」と答えた。ショーウィンド越しに白山さんの車を見送りながら店主は、(利根川は、工賃の高い低いの境目でもあったのか)と思うのでした。

★各作品の登場人物は、実在する人ではありません。(人の名は、地名を用いています)

連作超短編小説 なつかし屋    <筑波山のふところ>

店主の車谷徹は、腰の高さほどの台上に置かれたボックスからカタログを抜いては戻している千葉県の銚子市から来られる松岸さんが手を休めたのを目にして、「最近、筑波に来られる回数が増えたのではありませんか」と話し掛けた。入口から向かって右壁に面して横一列に並んだボックスの中ほどに立って松岸さんは、奥のレジ机の方に体を斜め横にして、「以前は三か月に一回でしたが、この半年は、月に一、二回は筑波に・・・」とこたえた。店主が、「筑波で、楽しいところを見つけましたね」と云うと、松岸さんは笑みしながら、「僕は、車と温泉が好きで・・・。海辺育ちのせいかもっぱら山の温泉を巡って・・・。ちょうど半年前に、この店の帰りに筑波山まで車を走らせたら、日帰りで風呂に入れるホテルや旅館があることが・・・。今では、山の上の温泉に入って“なつかし屋さん”に寄るのが楽しみに・・・」と、いかにも浴後と分かるすっきり顔で話された。店主が軽めの渋い顔して、「筑波に来られるのに、目的が一つよりも二つの方が・・・」とこたえると、松岸さんは察して、「順番は後になっていますが、この店が第一の目的で・・・」と云われた。
店主の笑みする顔を見ながら姿勢を戻した松岸さんが、ボックス内のカタログに手を伸ばそうとして、すでにお目当てのカタログが数部かたわらに置いてあるのを目にして、再び先ほどの姿勢になって、「以前から、お聞きしようと思っていたのですが・・・」と話して、店主が何かなと顔を向けると、「以前に、『この手の店を、東京で営んでいた』と話されましたが、筑波で開店したのは、どうしてですか。奥様がこちらの出身で・・・」と思うままに云われた。店主は机越しに、「それはありませんね。私は、独身ですから・・・」とこたえると、戸惑いがちに「茨城には、親戚と知り合いが居らして・・・?」と訊ねきた。車谷は「残念ながら、親類も友人も・・・」と答え、少し間をおいて「都内で営んでいた時期に、各地の旧車のイベントに出店を・・・、茨城では筑波サーキットでの催しに年に数回は・・・。その度にサーキットを囲む木立の間から見える筑波山の頂を眺めて――、何故かその姿に、ほっとしたものです。その気持ちが動かしたとは思わないが、気づいてみれば、筑波山の近くの北条地区に・・・」と語った。黙って聞いていた松岸さんは、店主が筑波山と目と鼻の先のこの場所に店を開かれた理由が分からないままに頷いていた。
店主がお買い上げになったカタログをシルバーのビニール袋に入れて渡す際に、「今日の温泉は、いかがでしたか?」と訊ねると、松岸さんは袋を手にしながら、「今日は、行きつけのホテル内の浴場ではなく、道路沿いの一軒家の湯屋に・・・。そこの湯は、筑波山の頂を見上げるような場で、周りは山に囲まれ、まるで秘境の温泉に・・・」と嬉しそうに話した。車谷は天井を見上げるようにして、「その温泉は、私もよく行きます。湯に浸かりながら秘境にいるという気持ちにはなりませんが、山の頂を見上げる度に、“筑波山のふところ”に抱かれているような、安らかな気持ちなります」と話した。すると、机を挟んで正面に立つ松岸さんが、「ご主人さんは『気づいたら・・・』と云われましたが、僕には筑波山の目に見えない力に引き寄せられて、店をここに・・・」と、しっかりした口調で云われた。

★各作品の登場人物は、実在の人ではありません。(人物の名は、地名を用いています)