連作超短編小説 なつかし屋     <懐かしい一部>

店主の車谷徹は、レジのある机に向って先日に買い入れした自動車カタログに傷みや破れがないかとチェックしながら、裏カバーの下方に押されたハンコや貼られたシールに目を落として、(販売店の所在地など入っているのは当然のことだが、営業担当者の名前は許せるが、担当者の写真やイラストは、やりすぎではないか)などと勝手に評しながら、次にチェックするタログに手を伸ばしていた。車谷がレジのある机に向って三分の二ほどチェックが終わったところで、月に一度ほど来られる広島出身で今はつくば市内谷田部にお住まいの四十代の本山さんがお見えになった。
店主か、「今日は、どんな課題をお持ちで・・・」と何時ものように訊ねると、本山さんは「昔、父親は呉服店を営んでいたのですが、その時に乗っていたマツダの商用車のカタログを探しに来ました」と答えた。店主が「何年頃の、車ですか?」と訊ねると、「僕が小学生の頃でしたから、一九八◯年前後だと思いますが・・・」と答えたので、車谷は机から離れて入口から向かって右の壁に近づき、台上に二段になって横一列に八つ並ぶ入口から二つ目のボックスの下段に手を向けながら、「このボックスに、八◯年代の商業車のカタログか入っていますが、この年代のバンやトラックは、ひんぱんに買入れがないので、もしかすると切れているかもしれません」と先に断りの言葉を・・・。傍らに立っていた本山さんは、「何ごとも、タイミングですから」と冷静にこたえて台下に屈みこんだ。
確かめを終えた自動車カタログを奥に仕舞うために椅子から立つと同時に車谷は、歓喜にも似た本山さんの声を聞いた。店主が思わず、「お目当ての物を、ありましたね」と声を掛けると、しゃがむ姿勢から立ち姿に戻して、「このカタログの出所は、私の実家の近くの自動車販売店のものです。裏カバーに貼ってあるシールで分かったのです」と、興奮気味に云われた。店主も相手の気持ちの高まりが伝わって、「確か、ご出身は広島でしたね」と釣られると、本山さんは「広島県の府中市です」と抑え気味にこたえて、「まさか、遠く離れた茨城の地で、実家の近くのディーラーが出所のカタログに巡り合うなんで・・・。ましてや、このファミリアバンのカタログは、一九七九年のものですから、ちょうど私が十歳の時のもので・・・、この販売店の裏が空き地になっていて、そこで上級生にまじってサッカーをしたものです。その懐かしいディーラーが出所のカタログを、三十五年の年月を経てこうして手にするなんて、・・・」と、感無量と云わんばかりに話された。
会計を済ませるためにレジの机にお持ちになった数部のカタログを目にして店主が、「お目当てのカタログは、やはり、ありませんでしたね」と残念そうに云うと、本山さんは、「タイミングが、悪かったですね」とこたえて、「でも、今日はまさかの巡り会わせに、大いに満足しています」と笑みしてこたえた。お買い上げになられたカタログをシルバーのビニール袋に入れ渡した後に車谷が、「カタログのカバーや本体を見ると、不思議と懐かしさが甦ってきますが、裏カバーの下に貼られたシールが、遠い日を思い起こさせるとは、思ってもいませんでした」と正直に話すと、本山さんは、「私は、カタログの裏カバーのシールやハンコも、“懐かしい一部”と、思っています」とこたえた。

連作超短編小説 なつかし屋     <東大通り>

九月の下旬の土曜日。午前に降り出した雨が小雨になった午後二時過ぎ、入口のドアがすっーと開いて姿を見せた三十代半ばと思われる男性が、「この店の横側の、道を一つ隔てた所に車を止めてきたのですが、大丈夫ですか?」と訊いてきた。店主の車谷徹は、「そこは、当店の駐車場ですので・・・」と笑みしながら答えると、安心気な顔をされた男性は、髪にかかった滴を軽く拭うようにしてドアの所に立って店内を見回し、入口から向かって右の壁に面して横に並ぶ八つのうちの奥から三つめのカタログ入りのボックスの前に歩み寄った。車谷がレジのある机越しに、「探しの物がありましたら、お探ししますよ」と声を掛けると、三十代の男性は、「大丈夫ですよ」と答えて、ボックスの正面にメーカーと年代を表す刷り物を確認するようにして、ケース内のカタログに右手を伸ばした。
 半時ほどして、男性はお目当てのものを見つけた安堵感からか、ボックスから抜き出した数部のカタログを手前に置いて、細長いテーブルを隔てて反対側の壁に一面に設けた本棚の中で自動車書籍を抜いては戻している年配の男性の方をちらりと見てから、机上に積み上げた自動車誌を年代別に分けていた店主に話し掛けた。起立した状態で雑誌を分けていた車谷は、顔を上げた際に常連で目と鼻の先の筑波高校の近くにお住まいの六十代の土田道雄さんの方を見てから、ボックスの方に向いた。三十代の男性は神妙な顏で、「東京の板橋から来たのですが、常磐道の桜土浦インターを下りて、国道三五四号を戻るようにして、大角豆の交差点を右に折れて片側二車線の道路を筑波山の方に向かって・・・」と話してきたので、店主が、「その通りは阿見町の方から筑波山の方に通じる路で、“東大通り”と呼ばれています。日本の名道百選に選ばれている道路です」と少し誇らしげに話すと、東京から男性はへぇっと云う顔をされてから、「途中の通り沿いに大学が在ったのですが、それを過ぎた辺りから、車を走らせる大通りの前方は雨が降っていないのに、通りを挟んで木々に覆われた左側も田畑の広がる右側も雨が降っているのを目にしました。まるで、何かの通り道のように、道路上は雨がぴたりと止んでいたのです。まさか、私が走らせる車のために、雨が止んでいたと思いませんが・・・」と不思議だなと云う顔をされて話した。
 東京からいらした男性の話が終わると車谷は、「東大通りで、不思議な光景に遭遇しましたね」と返して、「私も同様な光景でありませんが・・・」と前置きして、「学園に出るのに、東大通りを走るバスを利用するのですが、昨年の冬でしたか、つくば駅に向かう途中の事でした。乗っているバスが普段より大きく揺れるので(なんだろう)と思って、前の席に座っていた私はフロントガラス越しに前の方を見ると、大きな風の塊が砂埃をたて両側四車線の通りを目いっぱい広がって、バスを追い抜いて行ったのを目にしたのです。まるで、ここが俺様の通り道とばかり言わんばかりの勢いで・・・」と天井を見上げるようにして語った。板橋から来た男性は、「本当に、不思議な通りですね」と改めて言われたので、車谷も頷いた。ほんのわずかな静寂が流れると、本棚に手を伸ばしては書籍を漁っていた土田さんが二人の間に割り込むようにしてレジのある机にすっーと寄ってきて、気心の知れた店主を前にすると、「東大通りは、“筑波おろし”の通り道になんだよ」と真面目な顔で云われた。