連作超短編小説 なつかし屋 <和洋風の車>
*作品の登場人物は、実在の人物ではありません。
店主の車谷徹はショーウィンド越しに、青色のオープンカーが店の前をゆっくりとした速度で通り過ぎて行くのを目にした。しばらくして、月に一度ほど春日部市からお見えになる南さんが店に入って来られた。車谷が「いらっしゃいませ」と挨拶をすると、軽く会釈をして、「半月ほど前に、パジェロからロードスターに乗りかえました」と云われた。店主が、「窓越しに見ました。初代・ユーノス・ロードスターですね。明るいブルーは、今日の晴れ上がった空の下に、とても映えますね」と称えると、「あの色が見つかるまで、ずいぶん探しました」と云われた。
五十代後半の南さんは、入口から向かって右の壁に沿って横一列に二段に置かれた上段のボックスの一つからカタログを抜いては戻していたが、探し当てたカタログを横にはねると、一息入れるように動かしていた手を休めた。レジのある机に向って店頭に出すための百部程の二輪車のカタログの三分の一ほどをビニール袋に入れ終わったところで顔を上げた車谷は、ボックスを前にして小休止している南さんを目にすると、「ユーノス・ロードスターは、どんな車ですか?」と訊ねてみた。すると、机の方を向かれて南さんは一言、「洋風です」と答えた。店主が(洋食店を営む人らしいな)と思いながらも言葉の意味が分からずに顔を上げたままでいると、「知り合いの六九年式のイギリスのライト・ウエイト・スポーツカーを運転したことがありますが、キビキビした走りは、その車に・・・」と説かれた。車谷が、「“乗り味”が、英国の小排気量車に近いから、洋風なのですね」とくみ取ると、料理人でもある南さんは、「その通りです」と云うようにうなずいて、乗り味という言葉に反応したのか、「上手い言葉を、引用しまたね」と、にっこりされた。
お目当てのカタログをレジ机の上におかれた南さんに、「乗り心地は・・・」と訊ねると、すぐには答えずに不思議だなという顔をされてから、「狭苦しくはないが,こじんまりとした運転席に座ると、何故な心がひきしまる感が・・・。車のスタイルは英車似だなと思っていたが、二階から下の道路に停めたロードスターを眺めていたら、フロントのライトの辺りがひたいのように見え、リアのバンバーがあごのように見えて、まるで“お面”のように・・・」と感じたことや、見たことを語った。黙って聞いた車谷は、心の中で(してやったり)と思いながら、「実は、ある時期にユーノス・ロードスターの写真集の製作に参加していたのですが、それに関わったおかげで、開発者の人たちの話を聞くことが出来ました。運転席については、『日本古来の茶室が持つ、ぴーんと張り詰めた感を・・・』と語り、ホディについては、『日本古来の“能の面“をイメージして・・・』と話してくれました」とこたえた。南さんは乗っている車に対する不思議な感覚を解いた店主に驚くとともに、ロードスターが日本古来の伝統美を反映していることを知ったのでした。
ロードスターのカタログをお買い上げになられた南さんに、「これから、どちらかに・・・」と訊ねると、「筑波山の上まで行ってみまようと・・・」と答えたので、車谷が、「今日は、上からの眺めは絶景ですよ」とすすめた。南さんにっこりとされたから、机を挟んで立っている店主に、「ロードスターは、“和洋風の車”でした」と、あらためて云われた。
店主の車谷徹はショーウィンド越しに、青色のオープンカーが店の前をゆっくりとした速度で通り過ぎて行くのを目にした。しばらくして、月に一度ほど春日部市からお見えになる南さんが店に入って来られた。車谷が「いらっしゃいませ」と挨拶をすると、軽く会釈をして、「半月ほど前に、パジェロからロードスターに乗りかえました」と云われた。店主が、「窓越しに見ました。初代・ユーノス・ロードスターですね。明るいブルーは、今日の晴れ上がった空の下に、とても映えますね」と称えると、「あの色が見つかるまで、ずいぶん探しました」と云われた。
五十代後半の南さんは、入口から向かって右の壁に沿って横一列に二段に置かれた上段のボックスの一つからカタログを抜いては戻していたが、探し当てたカタログを横にはねると、一息入れるように動かしていた手を休めた。レジのある机に向って店頭に出すための百部程の二輪車のカタログの三分の一ほどをビニール袋に入れ終わったところで顔を上げた車谷は、ボックスを前にして小休止している南さんを目にすると、「ユーノス・ロードスターは、どんな車ですか?」と訊ねてみた。すると、机の方を向かれて南さんは一言、「洋風です」と答えた。店主が(洋食店を営む人らしいな)と思いながらも言葉の意味が分からずに顔を上げたままでいると、「知り合いの六九年式のイギリスのライト・ウエイト・スポーツカーを運転したことがありますが、キビキビした走りは、その車に・・・」と説かれた。車谷が、「“乗り味”が、英国の小排気量車に近いから、洋風なのですね」とくみ取ると、料理人でもある南さんは、「その通りです」と云うようにうなずいて、乗り味という言葉に反応したのか、「上手い言葉を、引用しまたね」と、にっこりされた。
お目当てのカタログをレジ机の上におかれた南さんに、「乗り心地は・・・」と訊ねると、すぐには答えずに不思議だなという顔をされてから、「狭苦しくはないが,こじんまりとした運転席に座ると、何故な心がひきしまる感が・・・。車のスタイルは英車似だなと思っていたが、二階から下の道路に停めたロードスターを眺めていたら、フロントのライトの辺りがひたいのように見え、リアのバンバーがあごのように見えて、まるで“お面”のように・・・」と感じたことや、見たことを語った。黙って聞いた車谷は、心の中で(してやったり)と思いながら、「実は、ある時期にユーノス・ロードスターの写真集の製作に参加していたのですが、それに関わったおかげで、開発者の人たちの話を聞くことが出来ました。運転席については、『日本古来の茶室が持つ、ぴーんと張り詰めた感を・・・』と語り、ホディについては、『日本古来の“能の面“をイメージして・・・』と話してくれました」とこたえた。南さんは乗っている車に対する不思議な感覚を解いた店主に驚くとともに、ロードスターが日本古来の伝統美を反映していることを知ったのでした。
ロードスターのカタログをお買い上げになられた南さんに、「これから、どちらかに・・・」と訊ねると、「筑波山の上まで行ってみまようと・・・」と答えたので、車谷が、「今日は、上からの眺めは絶景ですよ」とすすめた。南さんにっこりとされたから、机を挟んで立っている店主に、「ロードスターは、“和洋風の車”でした」と、あらためて云われた。