小説 《都下恋物語》  -国分寺タウン①-

二年前に愛媛県の高校を卒業して上京した軽部舞子は、立川市で一人住まいの伯母さんの家に、子供さんが戻るまでとの約束で間借をしながら、小平市にある美術大学の短期学部に通っていた。一年前に息子さんが転勤先の名古屋から戻られると、舞子は国分寺駅からそう遠くない場所にアパートを借りた。
舞子が国分寺にアパートを借りたのは、美術大学に通うには便利であり、伯母さんの家を訪ねるには近い距離であることなどでした。大学に国分寺から電車で通っている舞子は、利用している西武国分寺線の二両編成の車両は朝夕の時間帯は大変に混雑した。けれども、中央線国分寺駅に隣接する国分寺線の駅は、ここが始発駅であることで、舞子は午前の登校時には苦もなく席に座ることが出来た。
舞子が気に入って借りたアパートは、伯母さんや学友に道順を教えても、迷わずに着ける場所に建っていた。国分寺駅の南口を出て、東の方に向って線路を沿うように傾斜のある坂道を下ると、国分寺街道と交わる交差点があり、その交差点を渡って直進しないで斜め横の緩やかな坂を上がった所に、舞子の住む二階建てのアパートが在った。しかし、国分寺駅からの道順は判り易くても、駅から徒歩で十数分の所の舞子のアパートまでの道のりは、尋ねてきた学友の中には「もっと、駅から近い所に移ったら・・・・・・」と言う人もいた。舞子自身は平気であったので、親切にアドバイスをしてくれた友人には「適度な運動になって・・・」と応えていた。
舞子が平気でいられたのは、駅とアパートの行き来の途中に店舗を有するマンションが建っていたからでした。五階建のマンションの半地下には、輸入物の雑貨店、アンティークな店構えの喫茶店、西洋料理を食べさせる店、美大生には嬉しい画材店などが並び、舞子は朝夕にこれらの店に寄るのを楽しみに、アパートから駅まで苦にはならなかった。
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