小説 《都下恋物語》  -シネプレックス立川①-

九月の初め、新学期が始まった大学に登校した舞子は、満たされないままに課題の作品を、専任の先生に提出した。その日は作品の提出だけであった舞子は、次回の課題作品のための参考になる書籍を図書館に寄って借り、その書を館内で三分の一ほどを読み進めた所で、腕時計の針が正午を示しているのに気づいた。図書館を出た舞子は、キャンパスの外れに在る大学食堂に向かった。大学内には二つの学食が在り、一つは図書館の隣の建物の一階に、もう一つは平屋で構内の外れに在った。講師や職員が図書館の隣の食堂を利用して、多くの学生はキャンパスの外れの食堂を利用していた。
食堂の入口に備えた自動販売機で買った食券を、テーブル席と隔てるカウンターの上に出して、その券を厨房で働く人が手にするのを確かめると、舞子は少し離れた椅子に座って待った。三、四分すると、カレーライスとコーヒーのセットが一緒のトレーに載ってカウンターに運ばれてきた。カレーのセットが載っているトレーを両手で持った舞子は、奥の空いているテーブル席に進み、出入り口の方が見える位置に座った。カレーを食べ終えてコーヒーをすすっていた舞子は、同じサークルの映像学科三年の石黒浩先輩が短期学部二年で美術科に学ぶ安藤久実を連れて、窓際の席に着くのを見た。サークル内で石黒先輩と距離を置いている舞子は、(ここに座っていることを、先輩が気づかないでほしい)と思った。コーヒーを飲み終えて、カップル類をのせたトレーをカウンターに戻して、さっさと出口に向かった舞子に、安藤久美が見つけて軽く手を上げた。石黒先輩も気づいたので、舞子は覚悟して窓際の方を向いた。先輩が、隣の久美に分からないように、意味ありげなウィンクをした。舞子は少し慌ててしまったが、軽くお辞儀をすると足早に出口に向かった。舞子は胸の内で「危ない。危ない」と警告を発しながら・・・。

舞子が好意を持っていた石黒先輩に距離をおくようになったのは、・・・・・・。

舞子は大学に入学すると、サークルの一つである映画研究会に入会した。映画が好きであった舞子は、それだけの理由で映画研究会を決めたのではなく、学生会館内での各サークルの説明会の日に、背丈がある割には顔は子供っぽい男子学生に呼び止められて、熱心に勧誘されたからでした。舞子は声を掛けられた時に、学生が童顔であったので、(同じくらいの歳で・・・)と思い、(新入生なのに任されて、会員の募集を・・・)と思った。その男子学生の説明を聞きながら(勧誘することに、慣れている新入生である)と、舞子は思ったのでした。後日に熱心な勧誘に応えるように映画研究会に入会した舞子は、映研の集まりに参加するうちに、説明会の当日に勧め誘ってくれた男子学生が、サークルの先輩で映像学科の三年生で、石黒浩との名前で、この大学に三浪して入ったので年は二十四歳であることなどが判ってきた。六つも年上の石黒先輩に、説明会当日に呼び止められ際に子供っぽい顔立ちに好感を持ち、好意を寄せるまでになったのですが・・・・・・。
郷里の愛媛に居る頃から童顔な男性に惹かれてしまう舞子は、大学に入っても子供っぽい学生に惹かれてしまった。しかし、舞子が心を引きつけられた石黒先輩に距離をおいたのは、ドライブを兼ねてシネマに誘われたことが切っ掛けでした。舞子がサークルに入会して一か月ほどすると、石黒先輩から「新車を買ったので、村山貯水池(多摩湖)をドライブして、立川市内の映画館で〈タイタニック〉を見ないか?」と誘われたのでした。好意的であった先輩の誘いに、舞子は断る理由がなかったので「はい」と応えた。

小説 《都下恋物語》  -国分寺タウン⑥-

午後六時過ぎに舞子は、新宿から高尾行の快速電車に乗車した。車内は都下から通勤する会社員たちの帰りのラッシュに、舞子は座れずにシート席の端に立っていたが、吉祥寺に近づいた辺りで斜め前の男性が席を立ったので、遠慮気味に腰掛けた。決められた駅で停まる快速電車が武蔵小金井駅を動き出すと、舞子の座る前に立った六十を過ぎと思われる男性の体が、車両の振動に合わせてゆらゆらした。舞子は席を立ち「次の駅で降りますので、どうぞ」と勧めると、男性は「いいですか」と言うような表情をして、両側を見てから席に座った。
進行方向の左手のドアの近くに移動した舞子は、もうすぐ午後七時になるのに薄明るい夏の風景を眺めながら、思うように進まない課題作品に思いを巡らせた。武蔵小金井駅を出た快速電車は、小金井市の外れにある東経大のグランドが車窓から見えなくなると、国分寺駅に近づいたことを知らせるかのように、舞子は、電車の速度が落ちて流れゆく風景がゆっくりとなったので、思い悩むのをやめた。中央線の電車はゆっくりとしたスピードで、小平から府中に通じる国分寺街道を跨ぐように架る鉄橋に差し掛かった。舞子は何気に、跨線橋の下の方に視線をやった。舞子の視界には、国分寺街道とアパートから駅前に続く道路との交差点を目にして、その先の府中の方面に向かった街道沿いに、灯に照らし出された立て看板が見えた。凝らして立て看板を見た舞子は、〈美術洋書〉と書かれた文字を目にした。〈美術洋書〉の文字を目にしながら舞子は、(自分の住んでいるアパートから目と鼻の先に、美術の洋書屋さんが在るなんて・・・)と驚いたが、すぐに(都心から離れた都下の街に・・・、きっと一般的な美術洋書を並べる本屋さんであろう)と思って、(時間の余裕のある時に、行ってみよう)と思ったのでした。