小説 《都下恋物語》  -武蔵美ライブラリー①-

十月の第二火曜日。大学の正門を入ると守衛室があり、その側らに守衛さんが立っていた。舞子は軽く礼をすると、後ろの小松川も同じように頭を下げた。守衛室の前を通り抜けると正面にゆるやかな坂が現れて、舞子は坂の方に向かって歩き出すと、後ろの小松川もつられるようにして歩き出した。
幅が三十メートルの長さが百五十メートルほどの坂を上がって平地に立った舞子は、正面の鉄筋の三階建を指しながら、「ここが、図書館です」と教えた。並ぶように立った小松川は、目の前の図書館を見上げながら胸に高鳴りを覚えた。
図書館の入口に近づくと自動でドアが開いて、舞子が先に入り小松川は後ろについて入った。受付で学生証明書を提示した舞子が、(連れの人が、一般人であること)を説明しようとしたら、係の女性が童顔な小松川を学生と思ったのか、「どうぞ」と言う顔をされて、学生書の提示を求めずに通した。舞子は通路を歩きながら、受付係りの女性の小松川への対応を思い立出してくすっと笑った。小松川は緊張な面持ちで、舞子の後ろについて歩いていた。

小説 《都下恋物語》  -小金井美術研究所⑥-

二人の高校生は専用のケースから、ポストカードを抜いて表裏を見ては戻していたが、ロングヘアの女子高生が腕時計を見てから、小さな声で時刻を告げると、ショートヘアの女子高生はケースに伸ばす手を止めた。ロングヘアの女子はドアの方を向いていたが、ショートヘアの女子は小松川店長の方を向いて、「ありがとうございました」と頭を下げた。板壁の端に立て掛けたキャンバスを抱えると、二人の女子高生は帰って行った。
舞子は、女子高生たちの姿が見えなくなると、小松川店長に話しかけた。「ここのラックが動物の形をしていたので、初めて店に来た時から、このラックは(誰かが、作られたのだろう)と思っていたのですが、先ほどの女子高生とのお話を立ち聞きして、通っている大学の先輩であることが分って、嬉しくなりました。それと共に、先輩がこのラックをお持ちになったのが解ったのです」と話した。小松川は「大学の先輩は、手作りのラックの方が既製の物より、この店に合っていると思えたから、これらのラックをお持ちになられたのでは・・・・・・、どうして・・・・・・?」と訊ねると、店の中ほどに立って舞子は「ここが、美術書を扱うお店なので・・・、当たり前のことですが、美術に関心のある人がいらっしゃいます。先輩は創作活動をされている方ですから、自らが作ったものを人に見てもらうことに賭けているところがあります。時には命もかけることもあります。私は、先輩がアーチストだから、これらをお持ちになったのです」と応えて、「今回は動物の形をしたラックですが、次回には動物のオブシェかも・・・」と笑みしながら言ったのでした。笑みする舞子を見つめながら、小松川は、(これらのラックが作品ならば、ここは小さなギャラリーであろう)と思った。
舞子は十段ほどある専用のケースから、上段からポストカードを抜いては表裏を見て戻していると、小松川店長が唐突に「武蔵美の図書館を、案内してくれませんか?」と訊いて来た。中段のポストカードに伸びた手を戻した舞子は、振り返って店長の方を見て、「私の通う大学の図書館を案内してほしいって、・・・・・?」と訊ねた。店長は少し緊張気味に「美術大学の図書館にはどんな蔵書があるのか、以前より関心がありましたが、チャンスがありませんでした。軽部さんならば、その機会を作ってくれるのではと・・・・・・」と応えた。舞子は(お仕事に、ずいぶん熱心な、店長さんだな)と思い、(一般の人には開放していないが、その学校の学生や関係者に連れ立っての入館は可能であること)と思い浮かべて、「案内しても、いいですよ」と応えた。小松川は嬉しさを満面に表して「お願いします」と述べた。小松川店長の顔がますます子供っぽくなったのを見て、舞子は(可愛い)と思った。図書館の案内日時は、小松川店長の方から示して、舞子が了解する形で決まった。
お気に入りのデザイン集をレジの傍らにおいて、「月末に、バイト代が入ったら購入しますので、取って置いてください」とたのみ、舞子はレジのある机から離れて入口のドアに歩んだ。舞子はドアを閉める際に、「また、どうぞ」と店長の弾む声を聴いた。  
店長の声に送られるようにして店の外に出た舞子は、店先に停められた赤いバイクの傍らを通り過ぎて少し歩いたところで、(店長さんは、彼女がいないのでは・・・)と思った。

小説 《都下恋物語》  -小金井美術研究所⑤-

諦めがつかない長い髪の女子高生が、「このラックをお持ちになったお客さんは、どんな人なのですか」と詰め寄るようにして小松川店長に訊いた。短い髪の女子高生も興味あるらしく隣に並ぶように立っていた。店長は女子高生たちを目の前にして、「そのお客さんは、五年前に小平市にある武蔵美の彫刻科を出て、現在は国分寺市内で四十坪のアトリエを構えて、創作活動をしている男の方です」と応えると、二人は同時に「えーぇ」と声を上げて、顔を見合わせた。長い髪の子は「あのラックは、美大を卒業した人が・・・」と言い、髪の短い子は「あのラックを作られたのは、ムサビ(武蔵美)を出た人が・・・」と嬉しそうに言った。
店長の小松川が、先日に男の人が材料の買い出しの途中に店に寄った際に語られたことを思い出して、二人の女子高生を前にして「その人は、美大の受験生に教えることもしていますよ」と話した。すると、短い髪の女子が「わたしたち、らいねん受験なんです」と話して、「美術系の大学で、彼女は第一志望が東京芸大で、私の志望は武蔵美の一校です」と話した。少し間をおいてから短い髪の子は、「今は週三回、高校の授業が終わると、小金井の美術研究所に通ってるんですけど、そこの先生は第一志望の美大を出た人ではないので・・・。志望する大学を卒業した人に教えてもらいたいので・・・」と正面を向いて話した。店長の小松川は、(そんなものかな)と思いながら見返すと、真面目な顔をしてショートヘアの女子高生が「その人と、連絡が取れるようでしたら、・・・・・・」と念願した。性急すぎる女子高生に呆れつつも小松川は「連絡を取ることはできるよ。しかし、お父さんやお母さんに話してからでも・・・・・・」と応えると、女の子は「大丈夫です。うちの両親は、私の言うことは何でもきいてくれますから・・・」と言ってから、「隣の家がむかし鳩を飼っていて、何十羽のハトが小さな小屋に押し込まれていたのを、小さい頃に見ていたの。今通っている美術研究所のどのクラスも定員オーバーで、私は教室で受験勉強しながら、ハト小屋で学んでいるような気持になってしまう。だから、狭い所ではなくて広い所で、受験勉強をしたいのです」とすがるように言ったのでした。小松川は(どうしたら、いいものか)と思いながら、「後日に、その男の人の連絡先を教えるから、連絡が取れたら、決める前にアトリエを見ておいた方がいいね」と話して、「アトリエは府中市に近い国分寺の外れに在って、使われなくなったニワトリ小屋を改装して作らているから、広くて・・・・・・」と話した。小松川が「ニワトリ小屋を・・・」と言ったところで、黙って聞いていた長い髪の子が、とっさに右手を顔の前に上げ(遠慮します)と言うように振った。短い髪の子は「ニワトリ小屋を改装して・・・・・・」と聞いて、呆然として顔になり、やがて失望感と共に「先ほど、ムサビの出た人の連絡先を訊ねましたが、すみませんが、・・・・・・」と店長の方を向いて詫びたのでした。短髪の子が謝ったので、内心ほっとしながら小松川は、「わかった。先ほどの話は、なかったことにしよう」と明るく応えた。