小説 《都下恋物語》  -小金井美術研究所⑤-

諦めがつかない長い髪の女子高生が、「このラックをお持ちになったお客さんは、どんな人なのですか」と詰め寄るようにして小松川店長に訊いた。短い髪の女子高生も興味あるらしく隣に並ぶように立っていた。店長は女子高生たちを目の前にして、「そのお客さんは、五年前に小平市にある武蔵美の彫刻科を出て、現在は国分寺市内で四十坪のアトリエを構えて、創作活動をしている男の方です」と応えると、二人は同時に「えーぇ」と声を上げて、顔を見合わせた。長い髪の子は「あのラックは、美大を卒業した人が・・・」と言い、髪の短い子は「あのラックを作られたのは、ムサビ(武蔵美)を出た人が・・・」と嬉しそうに言った。
店長の小松川が、先日に男の人が材料の買い出しの途中に店に寄った際に語られたことを思い出して、二人の女子高生を前にして「その人は、美大の受験生に教えることもしていますよ」と話した。すると、短い髪の女子が「わたしたち、らいねん受験なんです」と話して、「美術系の大学で、彼女は第一志望が東京芸大で、私の志望は武蔵美の一校です」と話した。少し間をおいてから短い髪の子は、「今は週三回、高校の授業が終わると、小金井の美術研究所に通ってるんですけど、そこの先生は第一志望の美大を出た人ではないので・・・。志望する大学を卒業した人に教えてもらいたいので・・・」と正面を向いて話した。店長の小松川は、(そんなものかな)と思いながら見返すと、真面目な顔をしてショートヘアの女子高生が「その人と、連絡が取れるようでしたら、・・・・・・」と念願した。性急すぎる女子高生に呆れつつも小松川は「連絡を取ることはできるよ。しかし、お父さんやお母さんに話してからでも・・・・・・」と応えると、女の子は「大丈夫です。うちの両親は、私の言うことは何でもきいてくれますから・・・」と言ってから、「隣の家がむかし鳩を飼っていて、何十羽のハトが小さな小屋に押し込まれていたのを、小さい頃に見ていたの。今通っている美術研究所のどのクラスも定員オーバーで、私は教室で受験勉強しながら、ハト小屋で学んでいるような気持になってしまう。だから、狭い所ではなくて広い所で、受験勉強をしたいのです」とすがるように言ったのでした。小松川は(どうしたら、いいものか)と思いながら、「後日に、その男の人の連絡先を教えるから、連絡が取れたら、決める前にアトリエを見ておいた方がいいね」と話して、「アトリエは府中市に近い国分寺の外れに在って、使われなくなったニワトリ小屋を改装して作らているから、広くて・・・・・・」と話した。小松川が「ニワトリ小屋を・・・」と言ったところで、黙って聞いていた長い髪の子が、とっさに右手を顔の前に上げ(遠慮します)と言うように振った。短い髪の子は「ニワトリ小屋を改装して・・・・・・」と聞いて、呆然として顔になり、やがて失望感と共に「先ほど、ムサビの出た人の連絡先を訊ねましたが、すみませんが、・・・・・・」と店長の方を向いて詫びたのでした。短髪の子が謝ったので、内心ほっとしながら小松川は、「わかった。先ほどの話は、なかったことにしよう」と明るく応えた。