小説 《都下恋物語》  -小金井美術研究所⑥-

二人の高校生は専用のケースから、ポストカードを抜いて表裏を見ては戻していたが、ロングヘアの女子高生が腕時計を見てから、小さな声で時刻を告げると、ショートヘアの女子高生はケースに伸ばす手を止めた。ロングヘアの女子はドアの方を向いていたが、ショートヘアの女子は小松川店長の方を向いて、「ありがとうございました」と頭を下げた。板壁の端に立て掛けたキャンバスを抱えると、二人の女子高生は帰って行った。
舞子は、女子高生たちの姿が見えなくなると、小松川店長に話しかけた。「ここのラックが動物の形をしていたので、初めて店に来た時から、このラックは(誰かが、作られたのだろう)と思っていたのですが、先ほどの女子高生とのお話を立ち聞きして、通っている大学の先輩であることが分って、嬉しくなりました。それと共に、先輩がこのラックをお持ちになったのが解ったのです」と話した。小松川は「大学の先輩は、手作りのラックの方が既製の物より、この店に合っていると思えたから、これらのラックをお持ちになられたのでは・・・・・・、どうして・・・・・・?」と訊ねると、店の中ほどに立って舞子は「ここが、美術書を扱うお店なので・・・、当たり前のことですが、美術に関心のある人がいらっしゃいます。先輩は創作活動をされている方ですから、自らが作ったものを人に見てもらうことに賭けているところがあります。時には命もかけることもあります。私は、先輩がアーチストだから、これらをお持ちになったのです」と応えて、「今回は動物の形をしたラックですが、次回には動物のオブシェかも・・・」と笑みしながら言ったのでした。笑みする舞子を見つめながら、小松川は、(これらのラックが作品ならば、ここは小さなギャラリーであろう)と思った。
舞子は十段ほどある専用のケースから、上段からポストカードを抜いては表裏を見て戻していると、小松川店長が唐突に「武蔵美の図書館を、案内してくれませんか?」と訊いて来た。中段のポストカードに伸びた手を戻した舞子は、振り返って店長の方を見て、「私の通う大学の図書館を案内してほしいって、・・・・・?」と訊ねた。店長は少し緊張気味に「美術大学の図書館にはどんな蔵書があるのか、以前より関心がありましたが、チャンスがありませんでした。軽部さんならば、その機会を作ってくれるのではと・・・・・・」と応えた。舞子は(お仕事に、ずいぶん熱心な、店長さんだな)と思い、(一般の人には開放していないが、その学校の学生や関係者に連れ立っての入館は可能であること)と思い浮かべて、「案内しても、いいですよ」と応えた。小松川は嬉しさを満面に表して「お願いします」と述べた。小松川店長の顔がますます子供っぽくなったのを見て、舞子は(可愛い)と思った。図書館の案内日時は、小松川店長の方から示して、舞子が了解する形で決まった。
お気に入りのデザイン集をレジの傍らにおいて、「月末に、バイト代が入ったら購入しますので、取って置いてください」とたのみ、舞子はレジのある机から離れて入口のドアに歩んだ。舞子はドアを閉める際に、「また、どうぞ」と店長の弾む声を聴いた。  
店長の声に送られるようにして店の外に出た舞子は、店先に停められた赤いバイクの傍らを通り過ぎて少し歩いたところで、(店長さんは、彼女がいないのでは・・・)と思った。