小説 《都下恋物語》  -横田ベース②-

小松川の運転する黄色のアメリカ車は、駅前から二百メートルほど走りると、傾斜のある下り坂に差しかかった。アメリカ車が坂を下り始めると、助手席の舞子はシートベルトのおかげで前のめりもなく、フロント・ガラス越しに前方を見ていた。車が下って平地を走り出すと、舞子は(国分寺駅は、小高い丘の上に造られた駅である)とわかった。
イエローのアメリカ車は平らな都道路をしばらく走ると、東村山から川崎まで続く府中街道との交差点に差し掛かり、その交差点を国立駅のある方に直進せずに左折して府中方面に向かった。助手席で舞子は緊張気味に座っていると、小松川が前方を向きながら「右手の方に、工場らしき建物が見えませんか?」と訊いて来た。舞子はドアのウィンドー越しに右の方を見てから、「はい、同じような建物が幾つも見えました。建物の一つに〈東芝電気府中工場〉と書かれた看板もありました」と答えた。ハンドルを握りながら小松川が「この辺りを、なんと云う町名か知っていますか?」と訊かれたので、この辺りに一度も来たこともない舞子は、直ぐに「いぇ、わかりません」と答えた。小松川は助手席の方をちらっと見てから「東芝町と云っています。この町名を知った時に僕は、どこかに引っ掛りがありましたね。しかし、ご覧になって分るように、一つの地区が工場群によって占拠されているよう見える光景を目にしたら、社名が町名になっていることを、すんなりと受け入れていました」と笑みを漂わせて応えた。運転席の方を向いて聞いていた舞子も、小松川の口端に笑みが漂うと、つられて笑っていた。微笑んでいるのを横目で見て、小松川は(町名を当てる門答で、舞子さんの緊張が解れたな)と思った。舞子は前方に顔を向けると、右目でドア・ミラーを見て、過ぎ行く東芝の工場群を見やった。小松川の運転する黄色の車は、東芝町を過ぎてまもなくすると甲州街道との交差点に来た。その交差点を右に折れて車を走らせると、しばらくすると中央自動車道の国立府中インターチェンジの方に向かう標識が見えてきたのだが、小松川はその方向には行かずに直進した。十分ほどして日野橋と表示のある交差点が見えてきたので、小松川は交差点に差し掛かると日野橋方面に左折しないで直進した。小松川は、この交差点が出発点となる新奥多摩街道に車を進めた。多摩川に沿うように続く新奥多摩街道を十分ほど走ると、小松川が運転する側のドア・ガラスに大きな橋が見えて来た。この街道に入ってからガラス越しに左右を見たりして落ち着きがなかった舞子が、「左手に、大きな橋が見えます」と声を上げて言った。運転席の小松川が正面を向きながら「あれは、多摩大橋です」と答えて、「もうじき、横田基地の横を通る国道十六号線に合流しますよ」と答えた。しばらくすると、黄色の車が走る新奥多摩街道が十六号線に連結するように合流した。

小説 《都下恋物語》  -横田ベース①-

翌年の一月の第三木曜日。舞子が待ち望んでいた横田基地へのドライブの日。昨年に舞子が決めたクリスマス当日のドライブは、十二月の初めに小松川の左手のギブスが取れるはずであったが年の暮れにのび、包帯が取れたのは新しい年を迎えてのことで、年の瀬のドライブは白紙になった。正月から二週間ほどして、小松川は診てくれた医師から「完治」と言い渡され、今日のドライブになったのでした。
午前十時に国分寺駅南口の正面で待ち合わせをしている舞子は、昨夜は興奮して眠れなくて(肌が、荒れている)と思いながら、化粧をして身支度を終えると、余裕を持ってアパートを出た。駅前に続く坂道を上がり、駅と併設の丸井のデパートの見上げるように過ぎ、南口の改札が見える場所に来くると舞子は、小松川の車が止まっていないか確かめるように、駅前のロータリーをぐるりと見回した。ロータリーには、客を待つ数台のタクシーと黄色のスポーツカーが見えた。舞子は、(小松川さんは、まだ来ていないな)と思いながら、ロータリー全体が見回せる南口の改札口ちかくに立った。
午前十時が開店の大型書店のシャッターが上がると、書店の前に停まっていた黄色のスポーツカーがゆっくりと動き出して、舞子の立っている改札口から見える場所に停まった。スポーツカーの左のウィンドーが開いて小松川が顔をのぞかせると、舞子は店長であることが判って「あっ!」と声を上げると、黄色いスポーツカーの方に向かって歩み寄って行った。黄色の車の傍らに立った舞子は、運転席から降り立った小松川に、「凄い車、お持ちですね」と弾む声で言ってから「おはようございます」と朝の挨拶をした。小松川は、「・・・、お持ちですね」には無言で、「おはよう」と挨拶を返した。ロータリーと駅前の歩道との段差のある所で、フロントに<馬の駆けるエンブレム>のついたイエローのアメリカ車に見入っている舞子に、車の後方をまわって右側のドアを開いて「どうぞ」と言う仕草をした。舞子は車の前方をまわって助手席に座ると、ドアを閉めた小松川は、車の前を横切って左のドアを開けて運転席に座った。舞子はウィンドー越しに前を横切る小松川を目にしながら、(店長さんは、裕福な家の坊ちゃんなのだ)と思った。
運転席に座りシートベルトを締めた小松川が、舞子がベルトを締めていないのに気づいて、「シートベルトを、・・・」と促した。舞子が慣れないベルトにまごついていると、小松川は自らシートベルトに手をやり見本を見せてくれた。小松川の手順に合わせて行うと、ベルトは舞子の体にピタリとはまった。舞子が装着したのを確認すると、小松川はエンジンを始動させて、ミラーで後方を確認すると黄色のスポーツカーを発車させた。イエローのスポーツカーは、駅前のロータリーをぐるりとまわると、府中街道の方に向かって走り出した。