店主は妄想族(私小説) その十一「定価より」  

さわやかな風が心地よい五月上旬、入口のドアがゆっくりと開いて、年配の男性がお見えになられた。「いらっしゃいませ」と挨拶すると、店内に一歩入った所でちょこんと頭を下げて応えた六十代半ばと思われる男性は、店内を見まわして、店の中ほどにまとめた自動車カタログの入ったケースには目をくれずに、壁際に備えた本棚に目線を当てていた。私は(初めての方だな)と思いながら、(カタログには関心はお持ちでないな)と思った。ゆっくりと店内を見回した後で見定めたように男性は奥に進まれて、三つある左端の本棚の上段に並ぶ自動車誌に手を伸ばされた。
 髪に白いものが混じる男性は、昭和三十年代から四十年代の自動車誌を棚から取り出してはページをめくり戻していた。私はレジのある机に向かって店頭に出すまえのカタログを傷みや折れなどが無いかをチェックしながら時々に棚の方を見ていたが、六十代の男性が手を休めているのを目にして、「お探しの物がありましたら、お探ししますよ」と声を掛けてみると、机の方を向かれた男性は「大丈夫ですよ」と応えてから、店内の中ほどを占めるカタログ入りのケースに目をやった。「雑誌好きの僕には、店内の半分以上の場所を、カタログが占めているのが異様に感じます」と話して、「このようなカタログは、どのようにして集めらて来られるのですか」とそのものよりもカタログの入手先の方が関心ありげに訊いて来られた。私はおもむろに「雑誌を含めてカタログも、当店頭に売りに来られる方がいらっいます。お持ちになるもの中に特にカタログに関しては、とても数の少ない物もあり、そのような珍しいカタログは、高額で買うこともあります」と応えると、「ええっ」と声を上げて男性は驚かれた。私はその驚きように、「どうされました」と思わず訊いてしまったが、丁度に電話が鳴って五分ほどの応対後に受話器を置いて棚の方を見ると、男性は先ほど同様に自動車誌を上段から取り出しは戻していた。
 カタログにダメージがないかのチェックを終えたころに、白い髪が混じる男性は昭和三十年代の自動車誌を三冊ほどお持ちになってレジの机に置かれた。会計をしようと立ち上がった私は机の上に重ねるようにおかれた自動車誌を目にして、「お目当てのものが有って、良かったですね」と笑みしながら言うと、「実はこれらは、小学生の頃に買っていた自動車誌で、当時は定価が三百円で、小学生の時のお小遣いが三百円の頃でした。小五のぼくはお菓子を我慢して、この雑誌を買っていました」と懐かしそうに話して、「そんなにしてまで買い続けた雑誌を、四十半ばに止む得ずに全冊を手離してしまったんです」と悔しそうに話されて、「それで今になって、小学生の頃に買っていた雑誌の記事が読みたくなって探していたところ、知人からこの店を教えてもらい、今日に時間の都合をつけて埼玉の本庄から来ました」と少し声高に話された。
 支払いを終えた男性にお買い上げになった自動車誌をシルバーのビニール袋に入れて手渡した後に、「カタログを高く買うというような話をした時に、驚かれたのは、どうしてですか」とあらためて私は訊ねてみた。男性はシルバーの袋を提げながら「ディーラーに行けばもらえた自動車のカタログを、この店ではお金を出して買っているのに、ビックリしたのです。それも、元はタダの物なのに貴重なモノもあると言って、それらには高いお金で出していることに・・・。」と真顔で答えたのでした。私は苦笑してから「今となっては手に入らないものですから、確かにタダでもらえたカタログですが、当店に来られる方は欲しいものであれは、お金を出してお買いになっていきます」とありのままに話した。そんなことって有りかなという顔を男性はされたが、それ以上はカタログについて話してこなかったので、私もそれ以上は話しませんでした。帰り際に男性が、「この時代の雑誌を揃えている店は、貴重ですよ」と言われて、私が、「ありがとうございます」と述べると、六十代の男性はもう一度奥の棚の方を見られてから出口の方に向かわれた。ドアの近くのインフォメーション・ボードを目を止めてから、定価三百円を当店で売価千五百円の自動車誌の入ったシルバーの袋を大事に抱えるようにしながら、外に出で行かれた。黒い髪に白いものが混じる男性の運転する車が駐車場から出て行くのを窓越しに見送りながら欲する気持ちがあれば、ディーラーでもらえたモノでも、”定価より”高くても、私自身も購入していると明言できるのです。
                       
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