店主は妄想族(私小説)その十二「つくばうどん」


 千葉の佐倉市からお見えになったお客さんが、お目当てのカタログが見つかり、その代金を支払いを終えると、「筑波で、美味しいものが食べれるお店を、知りませんか」と唐突に言われた。会計を終えて椅子に掛けようとしたが立ったままで「出不精なもので、あまり出かけることはありませんが・・・」と前置きして、「麺類は、お好きですか」と訊いて、三十代半ばの男性が、「ええ、好きですよ」と笑みしながら答えた。私はそれではと思い、筑波山の中腹にあるホテルにお勤めの方から教えていただいた”つくばうどん”の食べられるところを教えた。「つくばうどんって・・・?」と訊ねられた私は、ホテルマンである方のお話では、茨城の銘柄である鶏を使ったツクネや、地元のシイタケやゴボウなどの食材をふんだんに用いたのが”つくばうどん”であるそうですと伝えると、「ご主人さんは、食べられましたか?」と男性は不安げに訊かれた。私は「もちろんです」と答えて、「それも、二週も連続して行きました」と前置きして、お話したのです。
 月が替わって最初の定休日の木曜、ホテルに勤務する方から、そこの食事処の新メニューであることを含めて、その場所も教えていただいた私は、筑波山中腹にある湯屋を目指して、私の愛車であるスーパーカブを走らせたのです。カブのハンドルを握る私は、店の前の通りから大通りに出て、筑波山の方に向かって走り、国道125線との交差する十字路を直進し丁字路にぶっかると右に折れて、その片側一車線の道路は真っすぐに走って筑波山の上まで観光道路につながる道路に・・・。私のスーパーカブは、ボディ全体が白で、荷台に金属の黒い箱が付いていて、ちょっと見は、交番の巡査が乗っているバイクに見えるのです。面白いことに、山の上る途中にゆっくり走る小型乗用車に追いつくと、その年配の運転手がバックミラーを見るなり、シートベルトをしているかを確かめる仕草が、後ろについて走るバイクの私からは見えたのです。坂を十分ほど上がると筑波神社の鳥居が見えて、道路は二手に分かれて、私はロープウェイ乗り場に向かう右側のコースをとり、小型乗用車は左側に分かれて行ったのです。つくばうどんが新メューに加わった食事処のある湯屋は、神社の鳥居から五分ほど走った先の大きくカーブして直ぐの右側の道路沿いに在って、道路を挟んで左側に建つホテルの有する・・・・・・。つくばうどんを食べることのできる食事処は湯屋の奥の大広間に在り、私はカブを駐輪場に停めて、のれんをくぐり、大広間の座敷にあがると窓際の席に座った。もちろん、つくばうどんを注文して十分ほど待つと、目の前に・・・。腰のあるうどんに、やわらかいつくね、歯ごたえのある豚のバラ肉、ゴボウ、シイタケ、だしの効いた汁は残さずに・・・。窓越しに見える筑波山の頂まで景観も相まって、私は湯屋の食事処で食と景色の二重の満足感を味わうことが出来ました。
私のエピソードを含めた話が終わると、黙って聞いていてた男性は、「つくばうどんを、食べたくなりました」と応じたのです。が、「僕はお気に入りの店があっても、わずか一週間後に同じ店に行くことはありませんが・・・」と拒むようなことを云われた。「実は、最初の週の木曜日に行ったのですが、うっかりして財布を持たずに出でしまい、湯屋の入口を前にしてやむなく帰って、次の週の木曜に出掛けて、つくばうどんを食したのです」と照れくさそうに話すと、三十代の男性は「二週に連続して行かれたのは、そういうことなのですね」と声のトーンを落として云われた。ほんの少し間があってから、「ご主人さんの食レポートがとても良かったので、筑波山の・・・」と声のトーンを上がった声で云われた。
 私はお買い上げのカタログを入ったシルバーのビニール袋を手渡しすると、男性はシルバーの袋を手にして、「これから筑波山に向かって、湯屋の食事処に行ってみます」と笑みしながら出口に向かわれ、ドアを半ば開いたまま顔だけを机の方に向いて、「財布の他にもキャシュカードも持っていますので・・・」とやんわりと言うと、外に出て行かれた。

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◆つくば情報サイト「フォトつくつくば」も・・・。<フォトつく>で検索できます。
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