店主は妄想族(私小説) その十七「小動物」

五月の風が吹く日曜日の午後、柔和な表情がされた青年が来店された。レーシング・グラブ名入りのTシャツを着た背丈がある二十代後半と思われる男性は、奥の三つある本棚のレジの机に一番近い左の棚の下段に揃えているレース・プログラムを、体を屈めるようにして、取り出してはパラパラとめくり戻していた。
この男性は三十分ほど前にお見えになった際に、「東京から筑波サーキットで催されたレースを観戦に来たのですが、この店が車で二十分ほどの所に在るのが分かって、帰る前に寄ってみました」と話された。
「東京から逆の方向にある当店に、わざわざいらしていただき、ありがとうございます」と、私は来店されたことに礼をのべた。
表裏のカバーにダメージがないかのチェックを終えた七十部程の自動車カタログを、机の脇に置いて、いままで脇に置いていた十五冊ほどの自動車ガイドブックを交換するように目の前に置いて、同じように傷みや折れなどが無いかを調べようと机に向かった私に、「サーキットからつくば市に向かってくる途中の道路で、五十メートルほど先でしたが、猫が横切るのを見ました」と少し興奮気味に棚の傍らから話し掛けてきた。
「私も猫が道路を横切るのを見ました。犬も横切るのを見ましたね」と顔を上げて応えると、「こちらでは、猫や犬が道路を横切るのは、珍しくはないのですね」と言われた。
「私は日常の足にスーパーカブを使っているのですが、少し前に研究学園駅の方に用があり、近道をしようと県道から横道に入りしばらく走ると、イタチかモグラのどちらかでしたが、横切るのを目にしました」と話すと、「のどかな光景ですね」と、笑みしながら言われた。「多分イタチであったと思いますが、急にバイクの前を横切ったので、危うく転倒しそうになりました」と硬い表情をして話した。
すると、青年の顔から笑みが消えて、「いくら小さな小動物とはいえ、目の前を急に横切ったら、慌ててハンドル操作を誤ってしまいますね」と、引きった面持ちで言われた。
私は男性の表情を見て、せっかく楽しみに探し物をしている男性を緊張させてしまったなと思い、気持ちを和らげようと、“横切る話”つながりで、「先日のことですが、南から北に向かうために交差点で信号待ちをしていると、東から西の方へ四輪駆動の乗用車がゆっくりと横切るのを見ました。何気にその四駆の乗用車を見ていたら、ボディに貼られたステッカーが、茨城では不適合な文句だと思ったのです」と話して、貼られたステッカーの文句を伝えようとしたら、入口のドアがキューと開いて、大柄な男性が店に入って来た。その男性は店内を見回してから、キャンプ仕様の車を特集した本がないかと訊ねてきた。
私は脳内にその仕様の車を集めた本が頭に浮かんでこなかったが、椅子から立ちあり、店の中ほどに備えた棚の方に向かって関連した雑誌類がないかと見てから、ワゴン車のカタログが積み重ねてある場所からキャンピング仕様のカタログを出して、大柄な男性に見せてみた。
先ほどの話しの途中であった二十代後半の男性は、棚からレース・プログラムを取り出しては出しては見ては戻していた。ワゴン車のキャンピン仕様のカタログをじっくり見ていた男性は、参考になると言われて、そのカタログをお買い求めになると、パタンと閉まるドアの音と共に外に出て行かれた。
キャンピング仕様のカタログをお買い求めになった男性が帰られると、二十代後半の男性はレース・プログラムに伸ばす手を止めると、レジのある机の方に向かれて、「キャンピングカーの興味のある方いらっしゃるのですね」と言ってから、交差点を横切った四駆車のボディに貼られていたステッカーのも文句について、興味あり気に訊いてきた。
「ステッカーの文句は、“熊の出没に、注意!!”、でした」と私がおもむろに話すと、「茨城では、熊が出たのは、聞いたことはありませんね」と言って、男性はくすっと笑った。

★10月のフェア
<「出版物で見る1960&70年代のF1グランプリ&インディ500」マガジン&ブック フェア。オートスポーツ誌、カーマガジン誌、(ノーベル書房)栄光への爆走、等。
9/28(土)~10/6(日)>

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